これからの道しるべ 障害福祉の現場で働く森本しおりのブログ

ADHD当事者が、障害福祉の仕事を通じて見つけた処世術を書きとめていきます。 ジャンル:発達障害、メンタルヘルスなどなど

見守り育てることと、監視し管理していくことは紙一重

仕事をしていると、思わず首をかしげたくなる瞬間があります。

「これ、余計なお世話じゃない?」

「成長の機会を奪っていない?」

 

どこまで手出し、口出しするかは段階がある

福祉の仕事には、どこまで手出しをするのかの段階があります。

もっとも重い人は、全介助。これは介助者が代わりに全部やることです。

次は、半介助。半分本人で、必要なところは手伝います。

次は一部介助。基本的には見守ります。危ない時やわからない時だけ手伝います。

最後は自立。見守りも要らない人です。

 

ほとんどの福祉サービスを使う人は

「半介助」か「一部介助」が必要な人です。

でも、ほとんどの人が手出し、口出しをしすぎな気がします。(私も含めて)

 

たとえば、工作の時。

ハサミをザクザク使っていて、危なっかしい子がいると「ハサミと紙の安全な使い方」を教えます。

でも、「ハサミを他人と使うの」って相当ストレスフルだと思います。

切りたいように切れないし。

 

私は、「いや、放っといて怪我しながら学んでいきゃいーじゃん」という気がしてしまいます。

自分の指をちょっと切っちゃうくらい、なんてことない。

他の子の目に入りそう、とかはマズイですけどね。

 

ただ、福祉サービスだとなかなか、怪我をさせられないんです。

虐待を疑われてしまったりしますし。

でも、失敗や怪我って成長していく上で必要不可欠だと感じています。

 

失敗させないで、代わりにやってしまう方が楽

 

あらかじめ「こっちが、失敗が少ないよ」

「怪我しそうだから、やめておきな」と言うのは一見、優しい人に見えます。

 

でも、本人の力を信じていないということでもあります。

たとえ、失敗してもこの人は乗り越えていけると信じられれば、

わかってても口出し、手出ししないってこともできます。

 

塩梅がとてもむずかしいです。

だからといって、本人に任せて失敗が増えて自信を無くしてしまうのもよくないですし。あまりにもストレスが溜まると、病気として現れることもありますし。

ストレスが病気の症状として出てきたら、多少キャパシティオーバーだと思います。

 

理想的なのは

「ちょっとがんばればできる」レベルの挑戦です。

「がんばってもできない」を乗り越えることも、どこかで必要ですが。

日々の中で「全然できない」や「やってもらえばいいや」の姿勢がついてしまうのも考え物です。

 

最後に一つだけ。

私が感じたのは、「本人にとって必要だから」ではなく「見ている方が不安で耐えられないから」と手出し口出しするのは、よくないなということです。

見ていると、どうしても先が予想できて心配になることがあります。

 

でも、だからと言って、全部管理しようとすると本人の自主性まで奪ってしまいます。

「自分の不安が原因で、厳しく管理をしようとしていただけか」と認められれば、

少しずつ手を放していけるように思うのです。

 

厳しい管理は、関係性も、本人の力も壊してしまいます。