これからの道しるべ 障害福祉の現場で働く森本しおりのブログ

ADHD当事者が、障害福祉の仕事を通じて見つけた処世術を書きとめていきます。 ジャンル:発達障害、メンタルヘルスなどなど

「人は変われるのか?」という問いに対する答え

先日「まだ自分は変われると思っているんだ?」と吐き捨てるように言われて、頭をぶん殴られるような衝撃でした。あまりにも根本的すぎて、意識をしたことがなかったのです。

 

「人は変われるのか?」

 

私は、福祉やライターの仕事において、変わるためのよりよい方法やタイミングを探したり考えたりすることばかりしていたので「人は変われる」ことなんて、大前提すぎて疑ったこともありませんでした。

 

「え、そんな前提のひっくり返し方もあるの?!」という新鮮な驚きでした。でも、言われてみれば当然で、「変われないと思っている」人もいるでしょう。そもそも、自分は何故変われると思っているのか?この問いに対する自分なりの答えを書いてみたいと思います。

 

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人は変われるのか?の答えはニーバーの祈りにあり 

突然ですが、「ニーバーの祈り」って知っていますか?

 

“神よ、私に変えねばならないものを変える勇気を、

どうしようもないものを受け入れる静穏を、

そして、それらを見分ける洞察力を与えて下さい。“

 

アメリカの神学者のラインホルド・ニーバーのこの言葉は、依存症の自助グループなどで採用されて、広く知られるようになりました。私はキリスト教信者ではありませんが、この言葉を知った時、すごく印象に残りました。

 

当たり前と言ってしまえばそこまでですけど、この言葉のように人は「変えられる部分」と「変えられない部分」があります。

 

「人は変われない」派の中には二種類の人がいるのではないでしょうか。まずは、リスクを恐れて大きな挑戦をしない人です。そもそも、社会適応をしている人達は大きく変わる必要はありません。うまくいっている時にリスクを避けるのは、賢い安全策と呼ぶこともできます。その人達の目には、リスクをとって挑戦する人達は自分達の安全を脅かす存在に映ることもあるでしょう。

 

 もう一方は、変わるための挑戦をしたけれど失敗した人達。挑戦は失敗のリスクもあります。本来なら、失敗をした時に現実を受け入れられるのであれば、そこまで大きなダメージにならないと思います。

 

ダメージを引きずるのは、失敗したことが認められない人です。失敗して「そもそも挑戦しなければ、こんな失敗もなかったのに」と後悔する人もいるでしょう。何回も失敗をして成功体験を持てなかった人も「人は変われない」と思うではないでしょうか。ただ、この中には「変えられる部分」と「変えられない部分」を見分けられていない人が多いと思います。

 

そもそもの原因を見ていくと、「それって、実現がむずかしいんじゃないの?」という願望を実現させるために挑戦をしている人もけっこう多いと思います。自分の願望を叶えてくれるような理想の人との結婚を夢見続けているとか。今はつまらない仕事ばかり与えられているからやる気にならないけれど、自分の実力はこんなもんじゃないからいずれ大きな仕事をやってやるんだとか。

 

叶わない夢に執着しているうちは、「努力なんてムダ」と感じてしまうかもしれません。変えられない部分での努力は、負のスパイラルのもとです。どれだけ色々試しても同じ結果になってしまいます。それが続けば自信を無くします。期待と失望を繰り返して、「自分は何をやってもダメなんだ」と全般的に諦めモードになるのも無理はないかもしれません。

 

でも、本来なら「変えられる部分」もあるはずです。「人は変われる」派の人も、失敗したから「人は変われない」派の人もみんな最初は、無謀な挑戦をしているはずです。他人から止められても、自分の目で見て確かめないと気が済まなかったのではないでしょうか?「変えられるものを変える勇気」を持っていたのではないでしょうか?

 

うまくいかない時に現実を受け入れられるかどうかで、その後が変わっていきます。言い方を変えれば、「どうしようもないものを受け入れる静穏を」持つことができるのかということです。現実を受け入れて、修正して、再挑戦していく。いわば、トライアンドエラーの連続により、洞察力は養われていきます。

 

じゃあ、「人は変われる」派の人達は何を根拠に、変われると信じているのでしょうか?根拠なんてないけれど、そう信じたい人もいるでしょう。周りの影響力のある人達が「変われる」と力強く言っているから、そうなんだろうなと思っている人もいます。周りに劇的に変化した人がいたのかもしれません。一番、力強く「人は変われる」と言う人は、自分が挑戦を重ねて、成功体験を持てた人ではないでしょうか?自分の経験をもとに、他人のことも予想するという意味では「人は変われない」の人達と共通するところがあります。

 

「まだ、自分は変われると思っているんだ?」という質問をされた時、「人は変われる」という想いが自分の中にあると気づきました。昔からぼんやりと持っていた考えが、自分の経験によって、強化されてきました。

 

 

もしかしたら、私はまだ変えられないものと変えられるものを見分ける洞察力がないから、これから先どうなるかワクワクしているのかもしれません。でも、どこが変わってどこが変えられない部分かなんて結果でしかわからない、と思うのです。