これからの道しるべ 障害福祉の現場で働く森本しおりのブログ

ADHD当事者が、障害福祉の仕事を通じて見つけた処世術を書きとめていきます。 ジャンル:発達障害、メンタルヘルスなどなど

「子どもが言うことを聞いてくれない」「遊ばれてしまう」と悩む先生に送る言葉

「私、今日来ている子ども、誰も動かせなかった・・・」と一日の終わりに落ち込んでいるA先生(仮名)がいました。

 

たしかに、福祉の世界では

「手ごわい利用者(子ども)を動かせる人=有能な職員」という雰囲気があります。でも、この言葉を聞いた私は少し違和感を覚えました。少し掘り下げていきたいと思います。

 

f:id:shior1:20180423104756j:plain

 

福祉の仕事を始めた頃は、必要とされなくて傷つくことがたくさんある

私が福祉の仕事を始めたのは、約4年半前ですがポキっと鼻っ柱を折られる瞬間の連続でした。今回は、子どもを例にあげます。

 

たとえば、「遊ぼう」と誘っても、拒否されて「○○先生遊ぼうー!」と別の先生のところに逃げられてしまうとか。

子どもが別の子に暴力をふるうなどの場面を見かけて、注意してもちっとも言うことを聞いてくれないとか。無視されるだけじゃなくて、しゃべり方を真似されるなどの挑発的な態度をとられたりします。

 

こういう時に、ベテランの先生の一言は効くんですよね。「○○君?」と名前呼ぶだけで、ピタッとふざけているのやめたりします。

 

毎日が「え・・・私じゃダメですか?」の連続です。

先生がたくさんいても、子どもの人気って集中するので、一人は引っ張りだこだけど自分は話しかけても、相手にしてもらえなかったりします。

余るんです。ポツンと。

「あれ、私、誰にも必要とされていない・・?というか、むしろ邪魔?」と思っちゃいます。

 

追い打ちをかけるように、職員からも

「足元見られてるね」とか「人を見てやっているからね」とか言われます。要は、あなたナメられてますよって言われます。ちゃんと仕事してよ、使えないなという無言のプレッシャー。泣きっ面に蜂です。

 

当然、落ち込みます。

「何かしてあげたい」思いが強い人ほど、ガクッと来ます。

自分の人望のなさ、信頼関係を築く能力のなさをここまでマザマザと見せつけられる機会ってあまりないと思います。

 

子どもの目線に立ったら「子どもを動かせない」という感想は出てこないはず

だから、落ち込む気持ちはわかります。

でも、一日の終わりの感想が「誰も動かせなかった」で止まってしまうのはマズイと思うんです。大人の都合や、他の職員から見た自分の評価しか見えてないことを告白しているようなものです。

もっと言えば、子どもの目線で考えられていない。

 

「誰のことも」って言うけど、多分一人一人違う事情があったはずです。それを、まとめて言うことなんてできません。

 

その子は何を好きなのか?普段から、何に興味がある子か探っていますか?

何が苦手で、どんなフォローがあればスムーズに動けるのかわかった上で、接してますか?

逆に自分で全部やりたい子なら、ちゃんと本人のできる部分に手出しせずに任せておきましたか?

 

子どもは、大人の思い通りには動かない

子どもを自分の思い通りに動かそうとしても、できません。

 

できるのは、こちらの要求を相手にわかる形で伝えることです。

それが拒否されるのであれば、どこがダメなのか?相手の要求も聞きます。

お互いの折り合いをつくところを探って、合意をとりつけるのです。

その繰り返しじゃないかな?と思います。

 

だから「誰のことも動かせなかった私」が主役じゃないんです。

「どうやったら、この子は受け入れやすくなるんだろう?」と子どもが主役で考えるんです。

 

今回のやり方はうまくいかなかった。じゃあ、次はどう工夫したらいいんだろう?と考える。うまくやっている別の人の真似をしてみる。その繰り返しです。自分が対応できなければ、別の人に代わってもらえばいいんです。

 

変なプライドは無い方がうまくいきます。子育て経験があろうと、学校の先生をやっていた経験があろうと、目の前の子どもに対応できていない事実は変わりません。

 

好かれていない。

他の人ならできるのに、自分はできない。

そんなの全部自分の事情です。相手には関係ありません。

 

傷ついている暇があったら、相手のことを一つでも多く知って、どんな世界の持ち主なのか知ろうとした方がよいのではないでしょうか?正解は一つじゃありません。トライアンドエラーを繰り返してください。自分が認められるためでなく、子ども自身の世界が豊かになっていくために。