これからの道しるべ 障害福祉の現場で働く森本しおりのブログ

ADHD当事者が、障害福祉の仕事を通じて見つけた処世術を書きとめていきます。 ジャンル:発達障害、メンタルヘルスなどなど

不幸に慣れる

障害福祉の現場で働いて、早4年半。

様々なお金の苦労や、ドロドロとした家族関係、暴力の歴史に、精神的不調を見すぎて若干、慣れてきました。幸せかどうかは本人が決めることなので、私が言うとおこがましいですが、不幸の免疫、耐性がついてきました。

 

私は、現在放課後等デイサービスという障害児の通う学童のようなところで働いています。

ちょっとしたサイン、例えば子どもの服装が汚れているとか、勉強ができなくてもずっと自分から「教えて」って言えないとか、からなんとなく家庭や学校でどんな風に困っているのか想像がつくようになってきました。

あまり、驚かなくなってきました。

 

「驚かない」ということには、良い面と悪い面があります。

良い面は、リアルに捉えられることです。

例えば、家に帰るのが楽しみじゃない子どももいるんですね。「帰りたくない」とか言い出す子がいます。

働き始めたばかりの人って「そんなことないでしょ」とか「お家でお母さんが待っているから、早く行こう!」とか言います。実際、だだこねているだけの子どももいるんですけど、中には本当に「帰るのが嫌なんだな」という子もいます。

それをそのまま受け入れるようになりました。

 

「驚かない」ことの悪い面は、感動しないことです。

心が動かなくなってきました。やっぱり、悲惨な話もたくさん聞くと慣れるんです。

変に感情移入して「自分が助けてあげなきゃ!」って思うのも危険なんですけど、冷静に成り行きを想像しちゃう自分も微妙だな、と思います。

子どもがすごく嬉しそうにしていたりとか、「先生!」ってしたってくれるのを見てもどこか警戒心がとけません。

お互い、探り合いです。

 

昨日、成人の方の悩みを聞く機会があったのですが、「大したことないじゃないか」って思ってしまう自分にびっくりしました。もっと言えばドン引きしました。

「人の悩みを評価する立場になったのか、何様だ」って自分に嫌悪感を抱きました。

よくよく考えると、ちょっとした職業病かもしれません。

色々な話を聞いた時に、緊急度と重要度をはかるのは大事なことです。昨日の話は、本人にとっての重要度は高いかもしれないけれど、緊急度は高くないものがほとんどでした。

 

悩みを抱えている本人にとって、どのくらい重要な問題かということは、周りにも伝わります。でも、深刻に悩んでいることが、周りからすると「そこまで深刻になること?」と思えることもあります。

 

悲惨なことは、今もたくさん起きています。

不幸のバリエーションを知らないと、自分だけ苦しいと思ってしまいます。

それはある意味で、甘くて平和なところにいられるからです。それは、幸せなことなのかもしれないと思います。