これからの道しるべ 障害福祉の現場で働く森本しおりのブログ

ADHD当事者が、障害福祉の仕事を通じて見つけた処世術を書きとめていきます。 ジャンル:発達障害、メンタルヘルスなどなど

悲劇のヒロインの何がいけないの?

仕事で失敗した、受験にうまくいかなかった、大好きな人に失恋した、親の事業がうまくいかずに借金を負った。

 

何にしても、できごとは、ただのできごとです。私は、できごとから何を読み取るかが大切だと思っています。点と点を結び、線を描く。いくつもの線が重なり絵ができるように。

 

 先日、「私の苦しみは特別感が出ていて嫌だ」と言われました。これ、ものすごくよくわかります。「湿っぽくて、ねちっこい」感じですよね。悲劇のヒロイン気取り、といったところでしょうか。

 

基本的にめちゃくちゃコンプレックスをこじらせている人って、「触れちゃいけない感」がありますよね。わかりやすく言うと、出っ歯を気にして四六時中手で口元をおおっている人、写真を撮る時にも絶対に口を閉じて笑う人はイジれない。笑えない。カラッとしていない。こういうことだと思います。

 

わかる。ものすごくよくわかるけど、なんか引っかかったんです。さて、何故ひっかかったのか?

 

だって、「自分の悲しみって特別じゃない?」ってこと。

 

わざわざこれ見よがしにやるなよ、とか言われるなら「その通りだな」と思います。そろそろ乗り越えて進めよ、と言われても「グズグズしていて、すみません」となります。

 

でも、自分の苦しみは特別だろって開き直っています。

 

だって、あくまでも他の人の苦しみは想像しかできないです。それが本当のものかどうかは誰にもわかりません。自分の苦しみは、リアルな経験です。それをきちんと味わうからこそ、他の人の痛みも想像がつくようになっていく。そういうものじゃないのですか?他人の痛みだけめちゃくちゃ理解している、自分の悲しみに向き合っていない人なんているんですか?

 

自分の苦しみは、世の中の数多くあるできごとの内の一つに過ぎない。でも、自分にとっては唯一無二のものです。きちんと、向き合わないといけません。

 

自分に起きたことをきちんと受け止める、その作業はすぐには終わりません。何度も、行きつ戻りつしながら「こんなことしても、苦しいだけじゃないか」と終わりが見えない中でももがいていくもの。「自分はこんなにダメージを受けているんだ」ということを何度も何度も、繰り返し実感していくものです。

 

 

悲しいかな、苦しむ姿ってキレイには使い分けられないのですね。一人の時に思い出して泣いて、怒って、改めてショックを受けていても、外で出てしまう部分があります。いくら隠しても周りの人間にも伝わってしまう。伝わったことは、周囲から不快なこととして受け止められます。

 

でも、私はどっぷり過去に向き合う時間はとるべきだと思います。周りに何と言われようと、必要なものは必要です。どっぷり浸れば、抜け出せる。中途半端に浸った気分だけ味わうから抜け出せないのです。

 

思いきり、泣け。あがけ。もがけ。苦しめ。トコトンやったら、どこかで気が済む。ただし中途半端はいけません。本気で、全力でカッコ悪くなるのです。ギャーギャー道端で騒ぐくらいです。

 

くぐり抜けてきた経験が、ただのできごとに意味を与えます。ストーリーがあって初めて、点と点が線になるのです。カッコ悪い過去、向き合いたくない過去を無視していると、あなたの人生はつながりません。最も嫌なところが、最も自分を特徴づけていることもあるのです。

 

ビバ・悲劇のヒロイン!?