これからの道しるべ 障害福祉の現場で働く森本しおりのブログ

ADHD当事者が、障害福祉の仕事を通じて見つけた処世術を書きとめていきます。 ジャンル:発達障害、メンタルヘルスなどなど

病気になるかどうかって、どこで分かれるんだろう。遺伝、環境、性格、能力を考える。

5年前の話なんですが、新卒で入った会社で私は同期が30人くらいいた中で最も早く「病気で退職」することになったんですね。

 

今になって「ADHDあるある」だとはわかるんですが、これを「二次障害」で終わらせたくないんです。

だって、ADHDでも病まない人もいるし、逆に健常者でも仕事を始めて精神疾患を抱える人もいるじゃないですか?

 

今回は

「同じ環境に置かれて、病む人と病まない人ってどこが違うんだろう?」を掘り下げていきます。今回、環境のハードさは他の人と同じだったので、それは省かせて頂きます。

 

パッと思いついた選択肢は2つでした。

 

①自分にまつわる要因

(遺伝、性格、能力、成育歴)

②相性

(仕事との相性、周囲の人との相性)

 

 

ブログの1記事の分量におさえるために、かなりザックリいきます!

 

①自分にまつわる要因の判断基準は「仕事を変えても、同じ問題が起きるかどうか」

 

自分にまつわる要因ってたくさんあります。

一個言えるのは「仕事を何個変えてもダメ」「同じようなところでつまずく」なら、自分の要因が大きいのかな、と思います。

 

自分はどこでつまずくのか、何が苦手なのか。

時間がかかっても、めんどくさくても、対処を考えていく必要があるかもしれません。

長時間労働すると体調を崩すとか、仕事の特定の部分が苦痛なのか、職場の人間関係が悪くなって居づらくなって退社するのか、単純作業だと飽きちゃうとか、色々あると思います。

 

逆に、何があれば続けられるっていう支えの部分も大事だと感じます。

会社の理念に惹かれていれば続けられるのか、それとも自分の時間があればリセットできるのか、給料が高ければ多少の我慢はできるのか。人によって違います。

 

働き始める前に、自分にとって重要なことをあまり分かっていない人は意外と多いと思います。

 

 

相性を確かめるには、別のことにチャレンジするしかない

 

新卒で入った一社目がだめだった人って、私以外にもいました。いわゆる第二新卒という人たちです。

パッと転職して次の会社で上手くやっている人もいました。そういう人は相性が悪かったと言ってもいいと思います。

きっと、一社目でうまくいかなかった理由と、次にどういう会社を選んだらいいのかを把握していたんでしょう。

 

相性と一言で言っても、たくさんあります。

業界、職種、企業、サービスの対象者、職場の人間関係。会社の規模や、トップとの相性なんていうのもあります。

 

私の場合、サービスの対象者と会社の規模はすごく大きいです。

同じ障害福祉でも、対象を成人から子どもに変えたこと。そして、会社の規模が大きくて人事異動もよくある会社から、規模が小さく固定メンバーで働けるようになったことの2つの影響は大きくありました。

 

 

まとめ 「失敗しても立ち上がって、新しい挑戦ができる人は強い」

 

ADHDでも、二次障害にならない人もいます。

逆に、発達じゃなくても働き始めてメンタル病んじゃう人もたくさんいます。

「同じ環境でも、病む人と病まない人はどこが違うのか」を自分の要因と、相性の二つの側面から検討してみました。

 

多分、病んでしまう人の中に多いのは、自分の要因が大きい人じゃないかと思っています。それには、一つ一つ知って対処法を地道に考えていくことです。

でも、自分の要因だけでなく、相性で解決できる部分もあります。いくつも要因ってあり得ます。

 

 

 

私が一つ言えるのは

「いっぱい失敗しても大丈夫なんだ、と思える人は強い」ということです。

傷つかない人じゃなくて、傷ついても立ち上がれる人。

失敗しない人じゃなくて、失敗から学んでまた新しい挑戦をできる人。

 

私の場合、ADHDだったことよりも「失敗したら、一巻の終わり」という思い込みが大きく影響したことで、限界まで無理をしてついに病気になっちゃった気がします。

 

病気はしないに越したことはないと思っています。

でも、それで初めて見えてきたことが多いのもまた事実です。病気をしたことをきっかけに色々見直して修正したことで、病気をする前より楽になりました。

 

辛い時に、声をかけてくれた人は今でも忘れません。こういう人を、恩人って呼ぶのでしょう。

 

 

個人的に

「世の中、そう捨てたもんじゃないな」と思っています。

 

 

 

インプットとアウトプットを怠ると、情報処理の回路そのものが便秘状態になる。

ライターとしては「すごい致命的だなぁ~」と思うのですが、9時~17時で働くと私は頭がパンパンになります。その結果、2つのことが同時に起こります。

 

①本が読めない

②文章が書けない

 

なんか、ぼぉっとする「余白」「遊び」みたいなものが無くなっちゃうんですよね・・・。

「ですよね」って、他人事かって話なんですが。

 

3月26日~4月4日、子どもたちの春休み。によって、放デイの勤務も長くなったことで、一気に文章を書く回路が死んでしまいました。今回は、ちょっとリハビリがてら、「インプットとアウトプットの回路について」考えていきます。

 

①本が読めない

まずはインプットについて。

「なんで読めないの?」って聞かれると難しいんですけど、「読んでも頭に入らない」が正しいです。

 

文字を目が追うんだけれども、どうもピンとこない。

ハッと気づいたら、何のことだかよくわからなくなっている。

こんな感じになっちゃいます。

 

忙しいとそれまで大人しくしていたADHDが活性化される感じです。

注意力が切れる、注意散漫になる。

 

インプットしてないと、当然アウトプットすることなんてないんです。

「これもっと知りたい」というワクワクとか「へぇ!そうなんだ!」みたいな気づきがないんで。

ワクワクと、気づきが溜まると、文章にしたくなります。

 

そんなわけで、本を読めない状態の時は 、文章書けません。

 

②文章が書けない

文章を書くのに、何が大切って集中力です。(※私的には)

一度、ゾーンに入ってしまえばこちらのもの。

「文字の渦に飛び込んでしまえ!そしたら、出来上がるから!」です。

 

頭の中が忙しいと、「うーん、そうは言ってもなぁ・・」

と、流れを横目で見ながら、近くの岩にのぼったまま棒立ちしている感じです。

 

つまり、本を読めない位の状態だと、書く文章もよろしくない。

そもそも、大して書きたくならないんですよね・・

さっきも書きましたが、ワクワクと気づきが鈍くなっている状態なので、すごく気が進まない。

 

それでも絞り出していかないと、書く仕事なんかできないです。

「調子がいい時だけ書くなんて、プロじゃねぇ!」ってことで、なんとかブログ書いてます。

 

今回のまとめ

カッコいい言い方をしてしまうと、インプットとアウトプットの回路ってつながっていると思うんです。

 

アウトプットの量を増やすと、回路そのものが太くなる。

結果として、インプットの質や量も増える。処理量が増えます。

 

その逆もまたしかりで、日々の仕事で忙しいからと言ってアウトプットを怠るとこの回路はたちまち細くなります。

今の私は、回路が細くなった上に、固くなった老廃物がたまっちゃっている感じです。イメージは、ドロドロ血液の血管。そして、便秘。

滞り。

流れない。

 

そんなわけで、忙しくても、アウトプットとインプットの習慣は守らないと「思考回路の便秘状態」になるよって話です。例え方が汚くてすみません。

「どこでもドアって、あえてしずかちゃんのお風呂場に連れて行っているよね」といった子どもの話

小学校4年生Y君(仮名)の観察力に圧倒された時の話を聞いてください。

 

Y君「どこでもドアってさ、すごいよね。だって、しずかちゃんのお家に連れて行って、と思ったら毎回お風呂場でしょ?」

私「たしかに。」

Y君「これ、しずかちゃんのお風呂シーンを覗きたいからだよね。」

私「おお~。ふつうに考えたらしずかちゃんの部屋につながってもおかしくないものね。そうじゃないってことは、どこでもドアはのびたの”裸を見たい”という望みまで知っているから、ということか。おもしろいね。」

 

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私も当然、ドラえもんは観ていたけれど、Y君の着眼点はありませんでした。鋭い。

私は少し別の方向から探ってみたくなりました。

私「でもさ、その時にしずかちゃんがお風呂場にいたから、とは考えられないかな?どこでもドアはしずかちゃんのいる場所に連れて行っただけかもよ?」

少し意地悪な質問をしてみました。

Y君「それはないと思う。」

私「どうして?」

Y君「だってさ、スネ夫の家にどこでもドアに行く時は、必ず庭なんだよ。スネ夫が話をしているリビングには絶対に行かない。」

私「言われてみれば、毎回庭だねぇ!よく気づいたね!」

Y君「なぜかって考えた時に、のびたは”スネ夫の話を盗み聞きするため”なんだよ。だから、スネ夫がいるリビングに直接会いに行ったらたくらみがバレちゃうから困るんだ。

さらに、ジャイアンの家に行く時は、毎回ジャイアンがお母さんに怒られているんだ。

 どこでもドアは、毎回”のびたの願いを叶えるためには、どこに行ったらいいのか”まで考えて、場所に連れて行ってくれいるんだよ。すごいよね」

 

この意見には圧倒されました。

Y君の「情報を読み取る力」の高さに、「すごいね!」としか言えませんでした。

 

きっと、どこでもドアの都合のよさに対するちょっとした違和感を持つ人は多いと思うのです。

だから私はもし「どこでもドアってどうして毎回、しずかちゃんのお風呂のシーンばっかりなのー?おかしいよね」と言われたら、「そうだね」とは言うものの、Y君に対してほどは感心しません。

 

なぜか?

私はY君が「事実を根拠に、仮説を導き出している」ことに対して「すごい」と思ったからです。

 

大人でも、「なんとなく」発言している人って多いと思うのです。

「この案についてどう思いますか?」と聞かれて「いいと思う」としか言えない人。

「どこが、どういいの?」ってことです。

小学生で、具体的に根拠を挙げて話ができるってなかなかないと思います。

 

どこでもドアは、望みの場所に連れて行ってくれる。

家の前でなく、お風呂場なのも意図的だろう。

じゃあ、別のケース、スネ夫の場合はどうだろう?と条件を変えて、自分の仮説をたしかめる。論理的。

 

今日の結論は、とりあえず「キャーッ!のびたさんのエッチ!」は事実だろう、ってことです。笑 

注意をされた時に清々しく謝ることができるか?

素直に自分の非を認めることは、案外むずかしいです。でも、自分の非を認められる人の方が明らかに仕事場で成長をしていきます。

 

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先日、放デイのミーティングの際に4人くらいが同時に注意をされる場面がありました。

その日は、子ども達と一緒に調理をする日でした。

職員が4人に対して、子どもが8人くらいいました。時間内に調理を完成させて、子ども達の食べる時間も確保しなくてはいけません。また、包丁を使う場面もあり、子ども達の怪我がないように職員は細心の注意を払っていました。

 

要は、時間がなくて、忙しい日ではあったのです。職員は子ども全員に目が行き届いていませんでした。

一人遊びが好きな小学校3年生の自閉症の男の子、K君を一日中好きに遊ばせておいたのです。K君はもともと、障害の程度も重く参加できないこともあります。それでも、毎回誘ってみたり、簡単な部分だけ職員と一緒にやることはできます。

ただ、その日は誘うこともなく、一日が過ぎてしまいました。

 

夕方のミーティングでその件で、その場にいた全員が注意を受けました。

「K君はたしかに、一人でいたがる子です。できることも多くありません。でも、放っておいて何もしなくては、彼は何のためにここに来ているのかわかりません。

一部だけでも、上手に参加できるように工夫をするのが、職員の仕事です。」

 

たしかに、グウの音も出ない正論でした。

その場にいた人はシーンと静まり返りました。「誰か一人のミス」ではなく「その場の全員がやらなかったこと」に対する注意なので、口を開かなかったこともあるかもしれません。

 

その時にパートさんの一人が発言をしました。

「たしかに、おっしゃる通りです。自分を、恥ずかしく思います。申し訳ありません。」

きっぱりと謝った後に、自分の考えについても述べていました。

「私は今まで、子ども達が怪我をしないで過ごせること、事故が起こらなくて済んだことで”今日も一日、無事に過ごせてよかった”と思っていました。

それは、子ども達がこれから社会に出ていくということを、考えていない視点でした。無事に過ごせればいいだけでなく、子どもも、親御さんもここに何かを求めて来ているんですよね。反省します。」

 

私は、ものすごく側で聞いていて感動しました。

「なんて、素直なんだろう!」と我が身を振り返って反省すると同時に

「この人は、これからも仕事場で重宝されるだろうな」と、しみじみと感じました。

 

注意を受けることは「将来こうするともっとよくなる」ということを教えてもらうことです。

それを「いや、今日は忙しかったから・・」と言い訳をすることは簡単ですが、そうしてしまうと注意をした方は気分がよくありません。

潔く謝った方が、次回以降も有用なアドバイスをもらえるし、「いい情報が集まる人」になります。

 

何より、謙虚に反省できる人はちゃんと自分の行動を軌道修正していける人です。

プライドとか見栄にこだわっている方がカッコ悪くて、素直に受け入れられる人の方が素敵だなぁと思いました。

 

 

 

 

子どもに真正面から「先生は男?女?どっちかわからない」と言われた時の話

子どもはまっすぐ疑問をぶつけてくるから面白いです。

 

私は障害児の通う放課後等デイサービス(以下放デイと略)で働いています。ちなみに、身長は161cm、髪の毛はベリーショートでお化粧をしません。服装もメンズっぽいので、町を歩いていてもチャラチャラした金髪のお兄さんに「お兄さん!キャバクラいかがっすかー」と声をかけられたことすらあります。(実話)

 

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会う人はみんな心の中で一度は「なんでこの人は男の人みたいな見た目にわざわざしているんだろう?」と思っていると思います。ちなみに、そんなに深い理由はなくて、「時間と手間とお金の節約」です。頑固なくせ毛、多毛、堅いなどの髪質も影響しています。

 

大人からは「髪短いですね」とか「伸ばさないの?」と聞かれることはあっても、子どもほどストレートに聞いてくる人はいません。ふんわりと、傷つけないように探りを入れられます。

 

ただ、子どもは聞き方がストレートです。

タイトルにもしましたが、小学校2年生の男の子A君(仮名)に初対面の時にキョトンと「先生って男?女?わかんない」と言われました。

 

まったく悪意なく聞いているのが伝わってきて、さわやかでした!

「さぁーて、どっちでしょうか?」とクイズにしましたが「うーん、名前がしおりだから、女だ!」「せいかーい!ピンポーン!」とギャグにしました。このくらいさわやかに聞いてくれると、本当にこっちも気が楽です。

 

A君に、別の日に再び髪の毛について質問されました。

「先生、なんでそんなに髪の毛短いの?」と。「先生はねー、すごく髪の毛のクセが強いのと、髪の毛が多くて太いんだよ~。」と答えました。

 

「えー?」と言いながら、A君は私の髪の毛を触りました。

「わっ!!」と驚いたように、手を引っ込めたA君。

「なんか・・僕の髪の毛とちがう!」と言っていました(笑)

 

「そうだよね~、髪を切る美容師さんにもびっくりされる位だからねー」と私。

「僕の髪の毛は、細くて柔らかいから・・・よくないんだよ」と言い出すので、理由を尋ねたらその答えがすごく面白かったんです。

 

「だって、髪の毛って頭を守るためにあるんでしょ?僕の髪の毛は、頭を守ってくれない・・・」

 

「?!」

そんな答えってある?!笑

いや、もう目から鱗でした。A君の言い分として、私の剛毛は「頭を守る」という点で優秀だと言うのです。

発想が天才かっ!?

 

「そっかー、先生の髪の毛の方がヘルメットとして優秀なんだね!」と笑って返しました。

多分、頭を怪我するほどのシチュエーションだったら、髪質の違いくらいじゃ差は生まれない気がするけども(笑)すごくほっこりしました。

その後A君に「髪の毛が固すぎて、手のひらに刺さることがあるんだよ」と言ったら、「嘘ー?!」と爆笑されました。本当です(笑)

 

きっと、今回のような「特徴について、本人に聞く」ことって、大人にとって意外とハードルが高いです。

「何か、深刻な理由があるんじゃないか?本人は触れられたくないと思っているんじゃないか?」と思ってしまうからではないでしょうか。触らぬ神にたたりなし、じゃないですけど、「迷ったら聞かない大人」は多いです。

 

子どもは良くも悪くも、そこを踏み込んでくることが多いです。これは悪い面もあって、聞く相手を間違えたら大失敗、になりません。だからこそ、初対面で聞いちゃうA君は、今後相手を見ていく必要はあります。

 

今回のA君とのやり取りを、私自身が面白いと感じられた理由は二つあります。

一つ目は質問をされる側が「あまり気にしていない」もしくは「受け入れている」こと。二つ目は質問をする側が「素直な姿勢」であること。両方の条件が整った時、「人と違う点について触れる」こともカラッと笑えます。

 

一つ目の質問される側についてですが、私は「髪型」や「見た目」については大してコンプレックスないんです。あまり「女性だから」とか「男性だから」と考えることがないので究極「どっちでもいいや」と思っています。だからこそ、指摘されても心に余裕がありました。他の部分も、このくらい吹っ切れていたいなぁと思うくらいです。

 

二つ目の質問をする側についてです。A君はめちゃくちゃ素直な良い子なんです。いつも小さいことでもケラケラ笑っていて、楽しそうにしています。私も、さすがに初対面の時の質問はびっくりしましたが、嫌な感じはまったくしませんでした。悪意がなく聞いていることが、よく伝わってくるのです。

 

今後、私は自分の障害についても、A君とのやり取りみたいにできたらいいなぁと思います。これには、個人的には自分の障害をもうちょっと客観的に見られる必要があるので、もうちょっと時間がかかりそうです。

 

でも、R1グランプリで優勝した濱田祐太郎さんのような「目が見えないことのあるあるネタ」で笑いを取る芸人さんも出てきています。「遠慮してわからないままで放っておくより、疑問は本人に聞く。」これを、すごくさわやかに実践している子ども達から学べることって、たくさんあるなぁと思うのです。

 

 

他人が変化に気づくのは、コツコツ積み重ねた努力が実を結んでから

最近「他人は努力する過程ではなく、うまくいった結果を見るのかもしれない」と思います。え、当たり前ですか?私にとっては、衝撃だったのですが。

 

他の人から褒められることって大概、自分が苦痛でも乗り越えようとしている段階とか、新しいチャレンジをすることではないんです。苦痛なことを乗り越えた後や、新しいチャレンジが習慣になってそれなりに成果が出た後に評価されます。

 

つまり、「誰にも気づかれないけれどコツコツ努力を続けた期間」というのがあるのではないかと思います。なんなら、この期間は周りから反発されたり、理解を得られないといった逆風すら受けることもあります。変化を恐れる人、嫌がる人も多くいるのです。

 

例えば、ダイエットを例にとるとわかりやすいかもしれません。

 

ダイエットをするには、たくさんの努力や我慢が必要になります。

今まで好きだった甘いもの、脂っこい食べ物、お酒などなどを我慢する。

苦手だった運動に継続的に取り組む。

つまりは、生活習慣そのものを見直して変化させていくことになるはずです。

 

本人からすると、一番辛いのは最初の段階や停滞期じゃないでしょうか。

慣れないうちはついつい食べ物に意識が向きそうになったり、体力がつかないうちには運動も苦痛だったりします。

周りも応援だけでなく「どうして、ダイエットなんてするの?」とか「ぽっちゃりしていてかわいい」とか「えー、どうせ続かないよ」なんて言われることもあると思います。

最初の段階を越えられないのが「三日坊主」でしょうか。越えると習慣になるはずです。

 

次に辛いのは「停滞期」じゃないでしょうか?

同じことをやってもなかなか、体重が減らない。つまり、結果が出ない。そうすると、我慢に対してご褒美が出ないわけですから、イライラは募ります。

周りからしても、当然この段階では誉めないはずです。「え、あまり変わってないよ?」という印象です。

停滞期で挫折してしまう人も多いと聞きます。ここを越えると、また結果が出るようになるみたいです。

 

予測ですけど、三日坊主や停滞期で挫折してしまった人って「痩せたね!」と会う人会う人から言われる、つまり「自分の努力を認めてもらう成功体験」をしていないのではないでしょうか?

みんな案外ちゃんと見ていないですから、少し痩せたぐらいでは気づきません。

 

もとの体重にもよりますけど、自分のもとの体重の1割くらい減れば周りから気づかれるような気がします。元の体重が50kgなら5kg、80kgなら8kg、100kgなら10kgです。これは、完全に想像ですが。

 

きっと、「周りから気づかれる段階」にいる人って、痩せるための努力は習慣になっています。本来なら、最初の段階や停滞期などの心理的に辛い時に、努力を認める言葉をかけてほしいですけれど、それはむずかしいのかもしれません。

 

努力って、階段みたいにいきなりポンっと成果が出るものだと思います。

本来なら、努力に応じて成果が出て欲しいですけど、これはゲームのレベル上げと同じ。経験値は一定程度たまらないと、レベルは上がらないです。

 

「褒められること」「評価を得ること」を目標におくと、わりと早い段階で挫折をしてしまいやすいのではないでしょうか。ご褒美を得られるのはずっと後ですから。

そう考えると、努力する過程そのものを楽しむ、もしくは苦痛を軽減する工夫って大事だなと思います。

ダイエットなら、「カロリーは低いけどおいしい食べ物を見つける」とか「大好きな音楽を聞きながら、朝気持ちがいい時間帯にウォーキングする」とか、小さなご褒美をつけることって大事な気がします。

 

壮大な目標はいいですけど、自分の意志の固さを過信してはいけません。苦痛を感じることそのものが、結果を残すわけではないのです。

 

あくまでも、仕組みを整えて無理がかからない形でもいいのです。無理がない方が、習慣にしやすいです。これって、ダイエットに限らずすべての努力に共通する点だと思います。

 

どうして社会福祉のわかりやすいサイトってないんでしょうか?

わかりやすく社会福祉を説明してくれるサイトが、ほぼまったくないことに改めて驚いています。

なんででしょうか?

 

私が言っているのは、専門誌のような社会福祉関係の仕事をしている人が役立つサイトということではありません。

誰もが関わりがある社会保障とかの制度の話です。

 

「福祉は申請主義だ」と言われていますが、その通りで「知らないと損する情報

」がたくさんあります。その情報はどれもこれもめちゃくちゃアクセスしづらいです。

 

例えば、医療費。

医療費って高いですよね・・。3割負担だとしても、かなり家計に響きます。治療費が捻出できなくて、通院を続けられない人もいると思います。でも、いくつか方法があります。

 

年間の医療費が10万円を超える場合は、確定申告などで申請すれば一部お金が戻ってきます。知ってました?

 

自立支援医療というものもあります。

継続的に医療費を負担しなければならない精神障害の人などは、申請すると医療費が1割負担になることもあります。知っていました?

 

高額療養費の払い戻しというものもあります。

世帯収入によって、医療費の自己負担額は決まっています。もっとも所得が低い区分の場合は、月額35,400円を越える医療費は払い戻しされます。知っていましたか?

 

ザックリした説明だと、誤解をまねくからかもしれません。

でも、どこにどういう制度があるのかすら知らない人がほとんどだと思います。

さらには、今病院にはMSW(メディカルソーシャルワーカー)という、経済的な負担に関する相談に乗ってくれる人がいる病院も増えています。

 

社会福祉の制度って、厚生労働省のホームページを見るか本を読むかくらいしか情報源がないんです。厚生労働省のホームページは、まったく知らない人が読んでもわかるページもあります。ただ、基礎知識がないとどこにどんな情報が載っているか見つけるのは難しいです。

 

私のことで言えば、仕事を退職した後の手続きに困りました。

自分で年金に入り、母の扶養に入って健康保険証をもらいました。

さて、いくら稼ぐまでは健康保険証を持っていていいのか?

正解は、「前年の1月から12月の収入が130万円以下の場合」でした。

「103万の壁って聞いたことあるけど、130万なの?」ということはなかなか知りませんでした。

 

こういうことって、困ってはじめて知りました。でも、調べ方もなかなかわからないんですよね。

 

需要、あると思うんだけどなぁ・・。